小林愛実,天才のだめの挫折とは?すごさって?プロフィール,年齢,身長,音楽教室はどこ?高校,大学は?Wiki!

この記事を読むと、小林愛実さんがのだめと言われる所以がわかります。

その天才ぶりは、恩師である二宮先生もあっと驚く並外れたもの!

一旦ピアノを弾き出すとのだめカンタービレの”のだめ”のように、音楽の中にいっきに入り込み人が変わってしまう小林愛実さんは、まじ只者ではありません!

でも、ピアノから離れれば、ごく普通のかわいらしいお嬢さんなのです!

そんな魅力が愛実さんにはあります。(*^-^*)

天才のだめと言われる小林愛実さんですが、実は、挫折感とプレッシャーの中で、ピアノを弾く意味を見つけるために相当な時間を要したといいます。

それでは、小林愛実さんの歩みをこれから一緒に読み進めていきましょう!



  1. 小林愛実のだめ:プロフィール(年齢,身長,出身,家族など)wiki!
    1. 小林愛実のだめ:両親は音楽家?きょうだいは?
  2. 小林愛実のだめの子どもの頃は?天才だったの?
    1. 小林愛実のだめ:3歳からピアノを始め瞬く間に才能開花!
    2. 小林愛実のだめ:5歳から4年連続コンクールの全国大会に出場!なぜこんなに頑張れたの?
    3. 小林愛実のだめ:7歳でオーケストラと共演が凄すぎる!
    4. 小林愛実さん:8歳から二宮裕子氏に師事!その経緯は?
    5. 小林愛実のだめ:コンクール歴が凄すぎる!8歳で高校1年生以下の部1位獲得!どんなコンクールなの?
    6. 小林愛実さん:2004年(8歳)ショパン国際ピアノコンクール㏌Asiaアジア大会 第1位金賞
    7. 小林愛実のだめの10歳以降のコンクール歴は?
    8. 小林愛実のだめ:2005年 9歳で国際デビューが凄すぎる!
  3. 小林愛実のだめはどこの音楽教室に行っていたの?
  4. 小林愛実のだめはどこの高校出身なの?
  5. 小林愛実さん:2011年(16歳)第五回福田靖子賞  
  6. 小林愛実のだめ:挫折した2012年(17歳)ジーナ・バッカウアー国際ピアノコンクール ヤングアーティスト部門第3位という結果!
    1. 小林愛実のだめの挫折:17歳で初めての挫折、、「1位」ではなかった!
  7. 小林愛実のだめ:2013年(18歳)米国フィラデルフィアのカーティス音楽院に留学,コンサート活動を休止!
    1. 小林愛実のだめが通っていたカーチス音楽院ってどんな大学?
  8. 小林愛実のだめ:2015年(20歳)ショパン国際ピアノコンクール”ファイナリスト”となる!
  9. 小林愛実さん:2021年(26歳)ショパン国際ピアノコンクール第4位
  10. 小林愛実さんの現在の心情は?

小林愛実のだめ:プロフィール(年齢,身長,出身,家族など)wiki!

小林愛実さんは、1995年9月23日うまれ。

山口県宇部市出身です。

現在、26歳で、令和4年の誕生日で27歳になります。

愛実さんの身長は、149cm。

愛実さんは、とっても小柄で華奢な体型ですが、ピアノを弾く時の存在感は圧倒的に大きいですよね。(*^-^*)




小林愛実のだめ:両親は音楽家?きょうだいは?

小林愛実さんのご両親は、音楽家ではなく、一般の普通の方です。

愛実さんには、弟さんが一人いて度々、愛実さんのTwitterにも登場しています。

とても仲良しの2人なのです!


愛実さんのピアノレッスンのために二宮先生のいる東京へ家族ともに転居しています。

 

小林愛実のだめの子どもの頃は?天才だったの?

小林愛実さんの天才ぶりは、もう3歳頃からありました!それはそれは、スゴイですよ!

小林愛実のだめ:3歳からピアノを始め瞬く間に才能開花!

小林愛実さんは、3歳からピアノを始めましたが、8歳までは、おそらく地元のピアノ教室に通っていたのだと思います。

愛実さんは、ピアノの練習をしなくても、レッスンの時に先生が見本演奏をすると、すぐに真似してその場で弾くことができました。

小さい頃から才能がすでに開花していた愛実さんですが、ピアノの練習はあまり好きではなかったというのです。

でも、レッスンは楽しかったそうですよ!

さくら

幼少時のピアノ発表会のYouTubeを見ると、愛実さんの堂々とした演奏が見れます。

弾き姿が、今のスタイルと同じで、一音一音をとっても大切にしています。

4歳の頃の演奏でも、体全体で音楽を表現している愛実さん。

大げさなくらいのパフォーマンスです。

「女優だわ~。魅せるわ~。」と思いました。

愛実さんは、4歳の時点ですでに速弾きで超絶技巧を思わせる演奏を披露していました!本当に驚きです。脳神経細胞がすでにピアニストの脳に変化していたのだと思います。天才と言われるわけですね。



小林愛実のだめ:5歳から4年連続コンクールの全国大会に出場!なぜこんなに頑張れたの?

小林愛実さんが、5歳からコンクールへの挑戦をしていたのは、ディズニーランドが大好きで連れて行ってもらいたかったからです!

小林愛実さんは、2001年ー2004年(5歳~8歳)ピティナピアノコンペティション4年連続で全国大会に出場しています。

全国大会に出場できれば、夢の国であるディズニーランドに連れて行ってもらえるので、それが、愛実さんのモチベーションになっていたというのです。かわいいらしいエピソードですね。(*^-^*)

ピティナとは、「全日本ピアノ指導者協会」のことで、音楽で培われる「人間力」を社会の力にするというビジョンを持ち幅広い活動をしている団体です。

幼馴染でもある反田恭平さんのラジオ(令和3年12月)に出演したときに、愛実さんが子どもの頃の話をしていましたのでご紹介したいと思います。

愛実さんは、幼稚園までは、山口県宇部市に住んでいたので、ディズニーランドが自分にとって、憧れの夢の国だったので、行きたくてしょうがなかったそうです。

そして、親から、「コンクールの全国大会まで行けたらディズニーランドに連れて行ってあげる」

と言われたことが励みとなり、全国大会を目指すようになったそうですす。

愛実さんは、「子どもには、目の前の人参が必要なのだ」と言っていました。

しかし、その大事な全国大会の本番で、愛実さんは、音を外してしまったことがあって泣いていたそうなのですが、その時に、ご両親は、てっきり「音を外して悔しくてこの子は泣いている」と思ったそうです。

しかし、愛実さんは、音を外したことで、ディズニーランドに連れていってもらえないんじゃないか心配で泣いていたそうなのです!

いや~、参りましたね。(@_@)

全てはディズニーのためですからね。

きっと、愛実さんは、全国大会に出場している時にも、終わってからのディズニーランドのことを思って頑張っていたのでしょうね。

ゆい

こんな小さい子がこんな思いで頑張っているのだと思うとジーンと胸が熱くなりますね。



小林愛実のだめ:7歳でオーケストラと共演が凄すぎる!

まだ生まれてから7年しか経っていないのに!信じられないです。

天才と言われる人をみていると、7歳とか8歳とか、10歳になる前にオーケストラと共演されているのです。

本当に驚きますよね!

いぶき

さて、その頃、幼なじみの反田少年は、いったい何をしていたのでしょうか?

なんと、ピアノの練習は一日15分ぐらいしかいしておらず、

「バルーンアートの風船を買ってくれたら、30分は練習する!」

と親に交渉していたそうですよ~。(反田さんのラジオにて)



小林愛実さん:8歳から二宮裕子氏に師事!その経緯は?

小林愛美さんは、ピアニストの関本昌平さんに憧れていて、関本さんと同じ先生のレッスンを受けてみたいと思っていたそうです。

愛実さんの思いを叶えるために母親が直接、二宮先生に電話をかけたそうです。

その時、二宮先生は、お母さんに年齢を訪ね、お母さんが「愛実さんが8歳」であることを伝えると、二宮先生は、小さな子を教えていないのでと一度は断ったそうです。

その後、二宮先生は、自分の教え子が出ているコンクールを見に行く機会があったのですが、

その時に、とても小さな女の子が出てきて椅子によじ登って演奏をはじめたその時に、その表現力の凄さと速いところでも指が正確であることに大変驚いたのです。

それが二宮先生と愛実さんとの出会いでした。

愛実さんが、8歳で高校生まで出場するピアノコンクールで優勝してから、二宮先生は、レッスンを断ったことを撤回し、受け持つことにしたのです。



小林愛実のだめ:コンクール歴が凄すぎる!8歳で高校1年生以下の部1位獲得!どんなコンクールなの?

2004年(8歳)ピティナピアノコンペティションJr. G級(高校1年生以下)第1位

このコンクールでの優勝がきっかけとなり、二宮裕子先生に師事することができた愛実さんは、目覚ましい成長を遂げていきました。

山口県宇部市に住んでいた愛実さんは、飛行機で東京まで一人で通っていました。

すごいですね。

一人で通うなんて。

しかし、レッスンに通えるのは、多くても月2回が限度でしたので、二宮先生は何とかしてレッスンをもっと受けれるようにしてあげたいと考えたのです。

そして、なんとなんと、二宮先生は、ご主人が管理人を務めていたマンションの一室が空室になると、そこの一部屋を防音室に改装し、愛実さん一家を東京に呼び寄せたのです!

それから愛実さんは、連日、二宮先生のお宅でレッスンを受けるようになりました。

二宮さん先生は、そこまでして愛実さんを育てようとしてくださっていたのですね。



小林愛実さん:2004年(8歳)ショパン国際ピアノコンクール㏌Asiaアジア大会 第1位金賞

二宮先生の特訓を受け愛実さんはメキメキとピアノの腕を上げ、数々のコンクールで最年記録を塗り替えていきました。

二宮先生は、愛実さんのレッスンでは、手を焼いた面もあるそうです。

それは、二宮先生が弾いてみせると、そんなにやらなくてもいいというぐらいなオーバーな表現で真似をして弾いてしまうのだそうです。

愛実さんの子どもの頃のYouTube動画を観ると、二宮先生のおっしゃることにガッテンします。

二宮先生は、「愛実さんは、言った通りのことがすぐにできてしまうので、全然練習してくれなくなってしまい困ったわ。」と笑いながら話されています。

小林愛実のだめの10歳以降のコンクール歴は?

2005年(10歳)全日本学生音楽コンクール全国決勝大会・小学生の部 第1位

2009年(14歳)アジア太平洋国際ショパンピアノコンクール(韓国)でJr部門優勝

2011年(16歳)第12回ショパン国際ピアノコンクール㏌Asia コンチェルトC部門

金賞およびコンチェルト賞を受賞!

小林愛実さんは、海外でコンチェルトを弾く機会が多く、コンチェルト賞の受賞に至ったのだと思います。

16歳といっても、7年間、海外での演奏を経験してきているのですから。(*^-^*)



小林愛実のだめ:2005年 9歳で国際デビューが凄すぎる!

小林愛実さんは、9歳で国際デビューし、以降、ニューヨークのカーネギーホールや、パリ、モスクワ、ポーランド、ブラジル等に招かれ演奏をして、とっても高い評価を得てきました。

Haruharu笑顔

たった9歳で、、、すごすぎますね、、、、。



小林愛実のだめはどこの音楽教室に行っていたの?

2011年(15歳) 桐朋学園大学音楽部付属子どものための音楽教室「仙川教室」に、特待生として入室

音楽教室にも特待生というものがあるんですね~!

小林愛実さんは、仙川教室では、今まで特に勉強してこなかったソルフェージュ、コーラス、作曲などを通して、幅広く基礎力をつけていったそうです。

この教室には、反田恭平さんも通っていました。

2人は同じ音楽教室出身なのですよ。

 

小林愛実のだめはどこの高校出身なの?

2011年(16歳)桐朋女子高等学校音楽科入学 全額奨学金特待生

小林愛実さんは、すでに国際デビューを果たしていての入学ですので、全額奨学金特待生に選ばれるのは当然のことでしょう。

桐朋女子高等学校でも、注目されていたようです!

それもちょっと変わった子として!

授業は聞いていないようで、すごくしっかり聴いているそうなのです。

(高校時代のエピソードについては、後日、追記したいと思います!)

 

小林愛実さん:2011年(16歳)第五回福田靖子賞  

小林愛実さんは、16歳の時に福田靖子賞を受賞されていますが、それは、この時に、

2011年(16歳)第12回ショパン国際ピアノコンクール㏌Asia コンチェルトC部門

金賞およびコンチェルト賞を受賞!という輝かしい結果を残したためであると思います。

※福田靖子さんとは、ピティナ創立者です。

故福田靖子さんの遺志により、日本の音楽業界を支えていくであろう若いピアニストたちが世界で活躍するための資金として活用していただくことを目的とした奨学金で、2年に1回選考会をしています。

ちなみに、奨学金は100万円です。

この奨学金ですが、英検3級以上を取得しているか、それに準ずる英語力を確実に有することも条件となっています。

〔引用及び一部要約;ピティナ㏋より〕

ひろみ

愛実さんは、語学も堪能なんですよね。そして、この頃から、ショパンコンクールへの道が、、、ついにやってきたという感じですね!



小林愛実のだめ:挫折した2012年(17歳)ジーナ・バッカウアー国際ピアノコンクール ヤングアーティスト部門第3位という結果!

ジーナ・バッカウアー(1913年-1976年)とは、ギリシア出身の女性ピアニスト。8歳の時にアテネで最初のリサイタルを開き、亡くなるまでに600回以上の演奏会を開きました。第2次世界大戦中には、慰安演奏会も行い、才能があっただけでなく素晴らしい人間性の持ち主でもありました。

アテネ北部にある旧バッカウアー邸は観光地となっており、世界中から多くの人が訪れるといいます。 〔ウィキペディアより抜粋引用〕

 

小林愛実のだめの挫折:17歳で初めての挫折、、「1位」ではなかった!

小林愛実さんの初めての挫折は、ジーナ・バッカウアー国際ピアノコンクールで「3位」になったことです!

愛実さんは、その時に、「自分はなぜピアノを弾いているのか、本当にピアノが好きなのか?」を自問自答するようになり、「いっそピアノをやめてしまおう」とさえ思ったそうです。

この時の思いが、アメリカ留学を考えるきっかけとなり、次への扉を開くことになっていきました。

愛実さんのように幼少時から天才と言われてきた人でさえ、挫折感を味わい、この道でいいのかと迷うことがあるのですから、、、。

人生誰しも迷い道、これは、みんな一緒ですね~。

私は、愛実さんのこの時に思い切って方向転換したその勇気が素晴らしいと感じました。

苦しい時には、その時にしっかりと立ち止まり考える時間を持つことが大切なのだと思います。

愛実さんは、子どもの頃から、ピアノを練習して弾けるようになると褒められて、それが嬉しくてコンクールに出場して1位を取って、、といった時間を過ごしてきました。

ピアノが好きなのか、大人から褒められるから好きなのかわからなくなっていたのでしょうね。

一位が取れて嬉しいという喜びは、一時的なその場での報酬です。

そういったことで頑張れるのは、小学生から中学生頃までかもしれません。

一時的な喜びは、一瞬で終わってしまい長くは続かないものです。

脳科学的に言えば、こうした一時的な喜びは、脳内から一時的にアドレナリンが分泌されての喜びを感じているだけであるのです。

小林愛実さんにとって3位というのは、喜びのうちに入らないのです。

ですから、脳科学的にいっても、アドレナリンの分泌はなかったと思います。

しかし、この時に、3位という経験が後々のピアノ人生には良かったと言えると思います。

ピアノを弾くことの本質的な喜びを見つけることができたのですから。(*^-^*)



小林愛実のだめ:2013年(18歳)米国フィラデルフィアのカーティス音楽院に留学,コンサート活動を休止!

小林愛実さんは、9歳で国際デビューし演奏活動を行い、数々のコンクールに挑戦し1位を獲得してきました。

そんな多忙な日々を送ってきた愛実さんの決断は、コンサート活動を一旦休止して留学することでした。

この時に、愛実さんは、自分とピアノの関係について見つめなおすための時間をもつことができたのです。

 

小林愛実のだめが通っていたカーチス音楽院ってどんな大学?

小林愛実さんが留学先に選んだカーチス音楽院の難易度は、世界最高レベルと言われています。

なっち

カーチス音楽院は、1924年創立で、世界でもトップレベルの音楽専門大学で、かつては、全米5大オーケストラの一つであるフィラデルフィア管弦楽団のメンバー養成のための学校だったんですよ。

創立当初からすべての学生を奨学生として迎え入れ、なんと学費は全額奨学金だそうです。

世界各国から天才と言われる志願者が集まってくるので、入学は極めて難しく、「合格率が世界一低い音大」との声もありますよ!

〔ウィキペディア参照、一部引用〕

 

ゆい

そんなカーティス音楽院は、

愛実さんにとってどんな学校だったのでしょうか?

いろんな国の人がいたので、気を使わない環境で気持ちが楽だったようです。

そして、愛実さんには韓国人、中国人、アメリカ人の友人がいたので、

学校で23時頃まで練習した後に、

バーで一杯飲んで帰るのがルーティンだったそうです。

友人たちと、どのコンクールに出た方がいい?

どこに住むのがいい?

レコーディングにどんな曲を入れる?などと

音楽についての話もよくしたそうです。(^_-)-☆



小林愛実のだめ:2015年(20歳)ショパン国際ピアノコンクール”ファイナリスト”となる!

ファイナリストとは、大会における最終選考に進んだ者のことを言います。

予選を勝ち抜き決勝に進出できる者は、全参加者の一握りに限られるため、大きな大会でファイナリストとなることは、栄誉なことなのです。

しかし、愛実さんは、ただファイナリストになっただけだという思いでした。

自分よりももっと素晴らしく尊敬するピアニストが沢山いると思ったそうです。

それが、次への原動力となっていきました。

ゆきの

このコンクールでじっくりショパンの音楽に向き合ったことが大きな経験になり、自分のために、そして作曲家のために弾くという感覚を大切にしたいと思うようになったと言います。

愛実さんがじっくり音楽と向き合い成長していく姿に感動します。



小林愛実さん:2021年(26歳)ショパン国際ピアノコンクール第4位

前回のショパコンコンクールから6年間(コロナ禍で1年延期となったため)、小林愛実さんは、さらにショパンと向き合い再度挑戦しました。

そして、4位に入賞した愛実さんは、自分らしい演奏ができたことに充実感と確かな自信を持つことができました。

 

なっち

ショパンコンクールでの演奏は、ピアノの椅子の高さが合わないというハプニングもありながら、とてつもない集中力を発揮しました。

 

そして、本人が大切にしているという、一音一音が心に染み入りました。

 

愛実さんのピアノの音色の使い分けはとてつもなく繊細で、迫力ある音を出す時には、立ち上がって全体重をかけるように弾く愛実さんに気迫を感じました。

 

「よーし!がんばれー!」って応援したくなりました!!!

愛実さんは小柄で華奢ですから、そうでもしない限り迫力のある音を出せないですよね。

反田さんのように脂肪をつけるわけにもいかないですが、本人は太りたいようですね~。

 

愛実さんは、やっぱり、何となく不思議系オーラも発しており、演奏中にのだめかと思ったことが何回もありました。

 

リラックスした時のあどけない笑顔もかわいいですよね(^^♪

やっぱり天才は自然体であると思いました。

 

とにかく、愛実さんが突き詰めてきた自分が信じる音楽をこのショパンコンクールの舞台で奏でられたことが最高の喜びだったことでしょう!

小林愛実さんの現在の心情は?

「自分を信じ、守ってあげられるのは、自分でしかないと気づいた。

今はピアノが好きでやりたいからやっているとはっきりと言うことができる。

自分のやりたい音楽を追及していきたい。

一音一音を大切にして、音楽を感じてもらえるピアニストになりたい。」

・・・等と話す愛実さんです。

ゆい

2022年の春からは、パリに留学するという愛実さん!

まだまだ勉強していくのですね。

本当に、ますます楽しみになってきました!

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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